愛犬の死を乗り越えたくてパピーウォーカーに

パピーウォーカー 加藤好乃さん
子供のとき以来、20年ぶりにパピーウォーカーとしてワンちゃんとの生活をスタートした加藤さん。お子さんが大きくなって手離れしたことをきっかけにパピーウォーカーになられたということですが、その過去には辛い経験をされていました。
「私はこれまでに2頭の犬を飼ったことがあるんですが、2頭目に飼ったポメラニアンの花ちゃん(♀)を安楽死させてしまいました。花ちゃんはもともと保護犬だったのですが、引き取った時点でかなりの高齢でした。一緒に生活するようになって数年後、股関節の手術をした直後に悪性腫瘍が見つかりまして。その腫瘍摘出の手術中に獣医師から進行性のガンで広範囲に転移していることを告げられ、余命宣告を受けました。
このまま縫合して疼痛コントロールをしながら余生を送るか、麻酔で眠っている状態のまま楽にさせてあげるかという現実を突きつけられ、苦渋の決断だったんですが安楽死を選びました。モニターの心拍数が停止したあの瞬間のことは今でも鮮明に覚えています、果たしてこの選択でよかったのか、今でも当時のことを悔やみ引きずっています。
あれから20年以上経ち、子供達も高校生と中学生になり、自分の時間が持てるようになったので、もう一度ワンちゃんと一緒に暮らしたかったんですが、どうしても花ちゃんのことが引っかかっていたんです。
一方で、私の姉が先天性の病気で、生まれた時から片方の目が見えない軽度の障害があるので、盲導犬についてはもちろん、パピーウォーカーのことも以前から知っていました。花ちゃんの死と向き合い、私でも微力ながらも社会貢献できればという思いもあり、家族と相談して我が家にパピーを迎えてみようということで、パピーウォーカーのボランティアをさせていただくことになりました」




お家でのタスキは甘えん坊そのもの。右はマッサージチェアに座りリラックスしている様子。©加藤好乃
新しい家族、タスキとの暮らしとは?

タスキを委託されて2ヶ月が過ぎた加藤さん。「夜鳴きもするし、生活リズムは人間の赤ちゃんとほとんど変わらない」というタスキの日課は、食べて、寝て、遊ぶ、その繰り返しだそうです。
「タスキを委託される前から、私たちは日本盲導犬協会のスタッフの方から育て方に関してご指導いただいております。タスキはまだ訓練もされていませんし、赤ちゃんなので、生活リズムも不規則です。子犬なので夜鳴きもありますし、排泄時間の間隔にばらつきもあります。
夜中でもソワソワしていたら、ケージからトイレサークル(ペットシーツを敷いた排泄スペース)へ移動させ、そこで『ワンツー、ワンツー』の指示語に合わせておしっこやウンチをさせています。日中はお散歩へ行ったり、おもちゃを使って“夢中作り”という遊びをしながら『シット』『ウエイト』『アウト』『OK』などの指示語を教えています」


また食事の面でも気をつけていることを教えていただきました。
「協会の方から決められているフードがありまして、給餌の際も幾つかポイントがあります。
1.フードスケジュール表に従ってキッチンスケールで毎回量り、決められた量を与えること。
2.給餌の際は『ハウス』と指示してケージの中に入れる。
3.『シット』と『ウエイト』の指示で待たせながら、餌を入れた食器をケージ内に置く。
4.飼い主のタイミングで『OK!』を出し、フードを与える。
食べている最中に、パピーの体を触ったり、食器を動かします。犬は所有欲の強さから、食事中に人が近づいたり食器を動かそうとすると唸る犬もいるので、小さいうちから体を触ったり食器を動かすことで唸る癖を抑止するために敢えてそのようにします。
今、タスキは体重が10.3kgあるので、1回につき105gのドライタイプのフードを与えています。体重の増加に合わせて、5gずつ増やしていくスケジュールになっています。その辺りも体重表をつけながらちゃんと管理しています」


ラブラドールの中でも、比較的おとなしい性格だと言われるタスキ。
タスキとの生活が始まった後も、加藤さんは日本盲導犬協会が運営する富士ハーネスへ通っています。「タスキを委託されてからも、月1回のペースで開かれているレクチャー会に参加することで、訓練士さんから直接ご指導をいただいたり、先輩のパピーウォーカーさんからも助言をいただいたり、情報交換をしています。参加することでタスキにとっても兄弟犬と会える機会となりますのでいい刺激になっているように思います。会うと尻尾をブンブン振りながら兄弟犬に飛びついて無邪気にはしゃいでいます」

兄弟犬との再会を喜ぶタスキ。©加藤好乃
タスキが来てから家庭に笑顔が増え、子供たちとの会話も弾むように

タスキが来て2ヶ月あまりが経とうとしている加藤さんのお宅では、少しずつ家族にも変化が訪れているそうです。
「タスキ中心の生活になり、子供達が早寝早起きになりましたし、子供達の洞察力が深くなったように思います。タスキが今何を求めているのか(お腹が空いているのか、トイレなのか、お散歩へ行きたいのかなど)、タスキの立場になって判断する力がつき、優しい心や思いやり、感謝の気持ちも育まれているのを感じます。タスキの様子を見て家族みんなが笑顔になり、家庭内がとても賑やかになりました。
家の中は誤飲事故を防ぐために、危険箇所(キッチンや階段など)にゲートを設置したり、お庭にあったプランターを撤去したり、ヒラヒラと揺れるカーテンで遊ばないように取り外したりと室内環境も大きく変わりました。遊びに来た友人やお客様からよく『保育室みたいだね』と言われます」

現在は3回のワクチンを済ませ、やっと普通に外出ができるようになったというタスキ。
「先日、バルコニーに水を流してお掃除しようと思ったら、タスキがホースのところに走り寄ってきたんです。お水が大好きみたいなので、これから本格的に暑くなる夏に向けて水辺へお出掛けもできそうです。今までは抱っこして家の周辺をお散歩したり、お庭で遊ばせる程度だったのですが、これからはタスキが自分の足でお散歩できるので、いろんな場所へ連れて行き沢山の体験をさせてあげたいですね」

水浴びするタスキ。©加藤好乃
4人家族だった加藤さんのお家に末っ子の赤ちゃんとして迎えられたタスキとの日々はまだ始まったばかりです。
「昔飼っていた2頭のワンちゃんに比べるとタスキはやんちゃに思えて、手を焼くこともありますが、今は愛情を注げるだけ注いで育てていきたいと思っています。
そしてこの記事を一人でも多くの方にご覧いただき、盲導犬への関心や理解を深め、目の見えない、見えにくい方が安心して暮らせる社会が実現することを願います」
text : Wakako Matsukura
photo : Masahiro Yamamoto
取材協力 : 日本盲導犬協会